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- Newer : 紅葉の宿【その11】
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「その集大成がわしじゃ。」
今までの価値感を問う覚悟で聞いた質問に、
他人事のようにさらっと学園長は答えた。
一口、お茶をすすって、続ける。
「変にプライドを持ったり、雇い主に義理立てしたものは…皆死んだ。
いくら優秀な者とて、忍者が『やあやあ我こそは!』などと名乗りを上げたところで、死ねば何も残らぬ。
…生きてこそ、こうして子供たちに学ぶ場所を作ってやれるのじゃ。」
「…。」
黙り込む兵太夫をしり目に、4枚目のせんべいを勢いよくバリンと音を立てて食べ、
またお茶をすすり、言葉を続ける。
「良いか、武士は名を惜しんで死ぬ。忍者は使える者はみな使ってでも生きる。
どちらも正しくもあり、正しくもない。
武士、町人、坊主、農民、いろんな人がいる限り、生き方も無数にある。
この世に生きている限り、どれを選んでもいいのじゃ。
一番してはならんのは、どれか一つにこだわって、他をすべて否定することじゃ。
案外、これだけと決めてそれだけに生きることは簡単でな。
なんせ他のことは考えなくても理解しなくてもいいし、否定していれば関わることもないからの。
だが、確実に他の者との衝突が起こる。
人間一番難しいのは、すべてのものをまんべんなく理解し、受け入れることじゃ。」
お茶がまだ少し残った湯呑を、手を温めるようにさすっている。
もうとっくに湯呑はさめているだろう。
視線を庭から手の中の湯呑に移して、言葉を紡いでいく。
「まんべんなく受け入れることができれば、今度は自分の言葉、行動をよーく振り返って、素直に反省することができる。
幼いころから無駄に重い鎧を付けて、ガチガチに体を固めていると背が伸びんように、
自分一人の価値観にこだわって、他人の意見を全否定することほど、人間の成長を妨げるものはない。
精神が幼児のまま、図体ばかりでかい人間は、みっともないものよ。」
「…。」
「まあ、儂ぐらいの歳になっても、まだまだ分からんことじゃがな。
大体それができれば、儂だって竜王丸とケンカせんで済むわい。」
そう言って、学園長はいつもの調子で豪快に笑って見せた。
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その夜、遅くまで兵太夫は布団の中でその意味を考えていた。
三治郎は隣でぐっすり眠っている。
(僕には自分の考えしかなかった…。)
いくら子供でも、それぞれの身分や役割が違うことぐらい知識として知っている。
しかし、まだまだ「自分の常識」だけが、世界の常識であった。
それぞれに、それぞれの「常識」があり「立場」があり、
またそれぞれに「考え」があることまでは、感じたことがなかった。
本来の悪ガキ気質を丸出しにして、いたずらしまくっても受け入れられると緩んでいたこともある。
周りのみんなへの甘えが過ぎた。
(僕は我がままだった…。)
でもそれでも、物心ついた時から教えられた「武士の心得」が正しいと思ってしまう。
それを手放したら、自分の家とかすかにつながっている見えない糸のようなものが、ぷっつりと切れてしまう気がした。
なんだかんだ言っても、母や兄たちとのつながりである家と完全につながりが切れてしまうのは怖かった。しかし、それにしがみついていたら今ここで一緒にいるみんなとぶつかってしまう。
もとの自分も捨てられず、新しい発見も認めたくない…。
(僕は僕が一番嫌いだ…。
自分が楽になれるところに逃げたいとしか思えない…。)
涙があふれてきたので、もうその夜は布団をかぶって声を殺して泣いた。
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次の朝、目が覚めると三治郎はすでに起きていたのか、もう部屋にいなかった。
代わりに水の入った桶と、手拭いが置いてあり、そのそばには書置きがあった。
「乱太郎と早朝ランニングに行ってきます。
僕が帰るまで、まぶた冷やしておいてね」
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